« January 2008 | Main | April 2008 »

March 01, 2008

レイナルド・アレナスの『夜になるまえに』

先日、レイナルド・アレナスというキューバ出身の作家の自伝『夜になる前に』を読みました。読んでいる最中に、カストロ議長が引退を発表した時で、なんとも複雑な思いで読み終えたものです。

映画にもなったので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。作品は、カストロ政権下の弾圧と投獄の日々を経て、アメリカに亡命した彼のほぼ一生にわたる話がとうとうと書かれているのですが、私が特に引かれたのは、最初のほうにでてくる次の一節です。

『ぼくたちが生まれたとき、臍の緒を切ってくれた田舎の産婆たちには、土で臍をこする習慣があった。化膿が原因でたくさんの子どもが死んだが、助かった子どもたちはたぶん土を受け入れられたのだし、将来のたいていの災いに耐える準備ができたのだ。田舎ではぼくたちは先祖代々土と結びついてきた。土を無視できなかった。土はぼくたちの誕生のとき、遊ぶとき、仕事のとき、もちろん死のときにも居合わせた。遺体は木の箱に入って直接土に身をまかせる。すぐに柩は腐り、遺体は土に溶けてその大切な一部となり土を肥やす、そんな特権を持っていた。遺体は木として、花として、あるいはたぶん祖母みたいな人が薬効を予言しながらいつかにおいをかぐことになる何かの植物として甦るのだ。』

(安藤哲行訳 国書刊行会発行 55頁より)


これを読んで思い出したのが、10年以上前のこと。
アフリカの仕事をするようになって、大学とかで話をする機会ができました。最初の頃は、何も知らず、質問などで全然知らないことを聞かれたりするとしどろもどろになったりして、冷や汗の連続でした。

ある大学で、水・きれいな水という話になって、水が『きれい』でない土地では、その水を飲んで育つ子だけが育つ、というような話をした後で、そういう土地に無理して外国人が井戸を掘るよりも、自然淘汰させたほうがいいのではないか、という質問を受けました。

難しいですよね。
その時、自分がどんな回答をしたのか、思い出せません。確か、子どもはたくさん死ぬけど、それはわかっていることだけれど、悲しくない母親はいないよ、というような答えで濁したような記憶があります。今だったら、どういうだろう、と時々自問自答しています。

皆さんならどう答えますか?(お)

| | Comments (0)

« January 2008 | Main | April 2008 »