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September 27, 2008

「公につくす精神」

久しぶりの更新です。
メディア・ウォッチといっても、ちょっと番外編。

 麻生太郎新内閣の中山成彬国土交通相が、成田空港整備で「地元のごね得」があったと発言した。その発言だけでもあきれていたのに、国会で釈明した際に「公のためにはある程度自分のことを犠牲にしてでも尽くす精神が必要」と話したという。はぁ。あきれてものが言えない。

 この人、成田空港問題を全然知らないんでしょうね。DADAがお付き合いいただいている三里塚のお百姓さんの畑に行って、お話を一度でも聞いたら、(空港拡張に反対とか賛成とかいう立場がどうであれ)こんな発言は絶対にでてこないはず。

 だいたい「公につくす精神」とはどういう言い草?それは政治家や公務員にこそ求められる精神であって、なんで民が「公」に”つくす”のだろうか?確かに、広辞苑にも「公=(3)役所。官府」とは書いてあるけど、ベクトルが逆じゃないかと思う。民につくす精神こそが「公」じゃないのかしら?

 しかも、民って、多数か少数かという人数の問題でもないはず。地位とか収入とかで人を分けることもしないはず。すべての人にとって望ましい道を探ることこそが「公につくす精神」のはずだと思う。


 でも、週末のニュース解説番組では、その週に引退表明をした小泉元総理の「引退の真意」とか「後継者」のことばかり。まぁ、選挙に影響があるからなのでしょうが。新聞も、中山大臣の更迭コールの話で持ちきり。う~む。考えようによっては、実は、麻生総理の国連総会での発言がかすんでみえるようにした作戦だったのかも???(お)

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September 04, 2008

研究と報道の違い

 先ほど、『ちょこっとジンバブウェ』のブログに、新刊『燃えるジンバブウェ』のご紹介をしました。

 1990年(独立後10年目)から2007年までの、吉國恒雄さんの論文をまとめた本なのですが、これを読むと、今年、騒がれたジンバブウェが、どういう道のりでここに至ったのかが、少しわかるような気がします。

 メディア・ウォッチを始める前、始めた頃は、記事の書き手が、一つの国の歴史や背景をわかっているかわかっていないかで、記事を判断していた気がします。その『国』がジンバブウェだったり、エチオピアだったり、個人的に思いいれの強い国はなおさらでした。
 
 でも、メディア・ウォッチを始めてから少し経って、最近では、記事に求めるべきものって何だろうと考えるようになりました。一概にはいえませんが、もちろん、ある程度の歴史や背景を理解するのは必要ですが、わたし達が報道に望むことは、歴史解説とか将来予測とかじゃなくて、今、起こっている目の前の事象、事実を伝えることに他ならないんじゃないかと強く思うようになりました。

 もちろん、その『事実』は、すべてではない。でも、人や場所の数だけ『事実』はあって、その中の一切れを私たちに伝えている。報道は、時に『風評』を呼ぶかもしれないけれど、それは、責任を報道に求めるものなのかなと思うようになっています。

 では、どの『事実』を伝えるのか?そのセンスが書き手に求められるものなのだろうし、書き手の個性や能力が表れるものなんだろうなと思います。

 だから、どうなの?というようなコメントかもしれませんが、これからの自分自身の『記事を読む目』が変わっていくかなと思った一冊でした。皆さんもぜひご一読ください。Amazonでも、セブンあんどワイでも扱っているみたいです。(お)

 *ちょこっとジンバブウェの頁はこちら → http://homepage3.nifty.com/DADA/ZimNews.htm
 *DADAホームページ・トップ頁はこちら →http://homepage3.nifty.com/DADA/

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